ヨッピーさんが書いた記事に対する僕なりの意見を書きたいと思います。
PRという文字を入れるとそれだけで読まれなくなる、CTRが下がるという本当の理由を議論していないというブクマが多くの支持を集めています。 確かにこの問題はそこが核心だし、PRという文字をつけない理由はそれ以外に考えづらいです。
でもね、それでも僕は記事タイトルにPRは必要ないと思うんです。
だってPRとつけない方がたくさん記事を読まれるじゃないですか。
それがズルい?何言ってんの? ライターさんはたくさんの人に記事を読まれる事でお金をもらって生活してるんですよ?だからそうするのは当たり前でしょ。
ライターさんの中でもヨッピーさんは特に人気がある方だと思います。確かに書く記事は面白いし、だからこそ企業がヨッピーさんに目をつけて広告記事を依頼するんじゃないですか。
そしてそれでお金を頂く。なんの問題があるの?
ヨッピーさんレベルの記事がかける人たちは十分にクリエイターと言えるとおもいます。
クリエイターが仕事してお金をもらうのになんの疑問をもないでしょ。
PRと付けろと言う人たち
この人たちは広告記事は読みたくないからPRってつけておいてくれって主張だよね?
- 広告記事→つまらないもの
- それ以外→楽しいもの
って感覚なのかな? つまり、この人たちの主張は「自分に面白いものだけをよこせ」ってことだよね。 ライターの生活はどうでもよくて、自分に都合のよいものだけを提供しろと。
何その主張。ブラックすぎないか?
そんなことが当たり前のインターネットになったら個性や発信力のある人たちはネットから消えていくんじゃないかな。
大体に広告記事を依頼されるような人たちは、記事作成を本業かそれにちかいものにしています。僕らのような趣味のレベルじゃなくてね。
記事が読まれるかどうかに彼らの生活がかかってるんですよ。そしてだからこそ企業の目に止まるように普段から面白い記事を書くし、それを僕らも楽しませてもらってる。
PRをつけろは過剰な要求だよ
僕らにはすでに「読みたいくない記事は閉じる」という権利を有しているじゃないですか。
だから途中で読みたくないと思ったら記事を閉じればいいそれだけ。
そもそも今までのインターネットはそうだったでしょ?
検索をして出てきた記事を鵜呑みにするのではなく、自分でその記事の真贋や有用性を判断しましょうってずーーーーーっと言われてきたことじゃないですか。
特にはてなを利用しているような人たちはそうしてきたでしょ?
もし、自分が読みたくもない記事を開いてしまっていたとしたら、それは書いた人ではなく読んだ人の責任だよ。
そこまでの記事を読んだ時間を無駄にした?
大丈夫、あなたは一日にもっと他のことで膨大な時間を無駄にしてるから。その数十秒はあってもなくても同じ。
通信容量を無駄にした?
月末にあなたのスマホが通信制限かけられているのは、そのほとんどがスマホゲーのせいです。
ヨッピーさんへ
以下、読まれるかわからないけどヨッピーさんへ
最近やってるPR企画はぜんぶ、冒頭に「本日の企画はどこそこの提供でお送りします」と入れるようにしてるんです
記事タイトルに「PR」って入れるかどうか問題について - ヨッピーのブログ
ここまでしてくれれば十分です。
「ヨッピーさんの広告記事はPRってタイトルに入って費用対効果が低いよ」なんて言われて、ヨッピーさんへの仕事の依頼が減ったとしても無責任な主張をしている奴らは誰も責任をとってくれません。
どうか今までどおりで構いません。
お仕事を頑張って、ついでに楽しい記事を僕らに読ませてください。
世の中は提供する側が決めていい
じゃなきゃ握手券なんて売れないでしょ。
よっぽど人の道をはずさない限りは世の中はクリエイトする人たちがルールを決めていいんです。
ドン!と構えて記事を作ってください。
ヨッピーさんの僕ら読者の意見を汲んでくれる姿勢はとても尊敬できます。
でも全てがそうじゃなくてもいいんです。
ヨッピーさんレベルのライターさんが有象無象の意見に従ってしまうと、無名のライターさんたちへも影響がでてしまいます。
この記事も僕個人の無責任な意見ではありますが、どうか今まで通り頑張っていただければとおもいます。