てげ

てげ

幅広く70点を積み重ねて生きていく。てげてげにね。

古典が必要なのかという問題に対しての個人的な考え

こんな記事がホッテントリ入りしてました。

monkokugo.blog.fc2.com

僕は理系の大学に進んだので、古典はそれなりにしか勉強していません。

そんな僕でも古典の勉強の必要性は日常生活の中で感じることができるので、こんな議論が起こること事態にビックリしています。

古典といっても僕のざっくりした分類で古文と漢文があるので、それぞれについて持論を書かせてもらいます。

古文について

例えば、平安時代の文章は読めないにしても、もっと近代の戦時中の特攻隊員が母親にあてた手紙を読んだ時に原文をなんとなくそのまま読めてしまうのは、きっと古文を勉強したおかげではないでしょうか。

「原文を原文のまま読む」ことの大事さは英語をある程度勉強しようとした人ならわかるはず。

僕たちは英語を読む時の最終目標として脳内で英語→日本語に変換して読むのではなく、英語を英語のまま捉えられるようになるまで読み込むことを目指すはずです。

そのほうが読むスピードは速くなるし、文章の意味もより深く解るようになる(ような気がする)。

このことは古今東西、文章を読むということに関しては全てに当てはまることなのではないでしょうか。

私たちの国の歴史を知るためには過去の人達が書き残してきた文章を読む必要があります。

そんな大それた文章じゃなくてもよいのです。

日々の日記なんかからも当時の様子を垣間見ることができ、僕たちはそこに何かを思うのです。

特攻隊の隊員が母にあてた手紙を見て涙するのです。

なんでも鑑定団の骨董品に付属している書の文脈をなんとく読んで、その芸術品の由来を知るのです。

これはその多くが古典の授業で(完全に体に染み付いていないまでも)、昔の文章に触れその読み方を習ったからできることなのではないでしょうか。

過去に学ぶ、歴史に学ぶことに関して意味がないと言う人はいないでしょう?

古文の授業はその手助けをしてくれるんですよ。

漢文について

漢文ももちろん昔の文章を読むのに役立つのですが、そういえば漢文読めるようになると中国語もできるのかな?と思って調べてみたらそれは無理なようです(笑)

でもこの質問についた数々の回答の中に漢文を勉強すべき理由がたくさん書いてありました。

日本大好き西洋人に漢字の由来の話をすると喜んでくれるかもしれません。

僕達の周りにはもう沢山の中国人の方がいますよね。そんな中国人たちとの共通の話題の取っ掛かりとして漢文の内容が使えるかもしれません。

それらは教養にすぎないのですが、コミュニケーションを取る上では非常に有効なものだと思います。

漢文で得た知識を現代語に織り混ぜて使うと中国の人からかなり評価されますよ。
引用:漢文を読めるようになると現代中国語が理解できるの? : 趣味・教育・教養 : 発言小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

社会に出て必要なこと

社会人にとって必要なスキルのなかに「失敗を繰り返さないこと」と「コミュニケーション能力」があることに異論がある人はいないでしょう。

古典は過去に学び、教養を得ることでこれら2つを同時に習得できる科目です。

そんな科目が必要ないなんて認識な人は正気ですか?と聞きたいです。

サイン・コサイン・タンジェントより日常生活・社会生活で役に立つよ。

 

とまぁ、最初のリンクの記事を読んで色々思ったのでつらつらと書き連ねてみました。

上手くまとめられないけど、世の中に学んで無駄なことは何一つないよ。

古典より学ぶべきことあるんじゃね?って事態になってる最近の学生ホントかわいそう。

僕らのときより世の中に情報が何倍も溢れているからこその議論だよね。

でもそんな時代だからこそ、学生のうちに無理矢理にでも基礎を学んでおいたほうがいいと思う。

古典は日本語の基礎だもんね。

社会人になってから教養が必要だなーって思い始めて、じゃあそこから「完璧」の語源になった中国の故事とか勉強しようと思うかい?

僕なら絶対にしないね。